陳情第17号、八菅山や尾山耕地/中津川周辺の自然生態系と里山環境の保全を求める陳情はどのように審査されたか


経済建設常任委員会での陳情審査



 会議録がまだ作成されていないので、本会議における委員長報告を中心に要点のみ、ポイントを絞って考えてみたいと思います。(委員会の会議録は後日このペ−ジに掲載します)

<本会議における委員長報告から、補足説明>
本陳情の意見としては、町が環境に対して最大限の配慮をするということなら、環境影響評価法に準じた方法、手続等を決めた上で行うことが、一番分かりやすく、町民も納得できるとの一部の意見もありましたが、環境影響評価は、県条例の基準に基づき実施するものであり、町道幣出下平線は規模の小さい生活道路のため、該当しないこと、また、町は基準に達しないが可能な限り、自然や動植物と共生をすべく配慮をするという考え方のもと、町独自に7種の昆虫の生態系調査と中津川周辺動植物の調査委託を行い、専門家の意見を取り入れ、環境モデル道路整備を進めていること、また、尾山耕地は農業振興地域の農用地区域であり、農業生産基盤の整備を推進する必要があること、さらに6月議会で町道幣山下平線事業推進を求める陳情を採択しており、早期整備が望まれていることなどから、環境影響評価法に準じた調査等を行う必要性はないとの意見が多数を占め、表決の結果、不採択とすべきものとの結論を得たものであります。


<論点の整理>

@町が環境に対して最大限の配慮をするということなら、環境影響評価法に準じた方法、手続等を決めた上で行うことが、一番分かりやすく、町民も納得できるとの一部の意見というのは、私の意見です。

A環境影響評価は、県条例の基準に基づき実施するものであり、町道幣出下平線は規模の小さい生活道路のため、該当しないということだが、不採択の理由として、これを持ち出すのはおかしい。なぜなら、本陳情はそれを前提に出されたものであり、それを踏まえて審議をお願いしているわけだから。

   しかし、あえて、環境影響評価法や県条例を持ち出すのであれば、その精神をこそ尊重したい。つまり、法はアセスの対象事業や規模の要件を定めているが、それ以外のものについては、市町村自治体の独自の判断で、まさに、<必要に応じて>行うことを言外に求めている。

対象外だからといって、<やらなくていい>とは、法律のどこを探しても書いてない。必要性があると認めれば、それを自治体の判断で行うのは当然である。また、それでこそ、自治体である。

B町は基準に達しないが可能な限り、自然や動植物と共生をすべく配慮をするという考え方のもと、町独自に7種の昆虫の生態系調査と中津川周辺動植物の調査委託を行い、専門家の意見を取り入れ、環境モデル道路整備を進めている。だから、アセスの必要はないというのがその理由であるが、これこそおかしい。

   そこまでやるのであれば、それをきちんと整理し、つまり、調査の方法や手続き、ル−ルを決めてやるようにした方がもっといいに決まっている。同じことをやるにしても、すべてが町の内部で進められ、そのプロセスがわれわれ町民に対して明らかにされないのでは、誰もその結果を信用しようとしない。

   まさか、こんな単純にして基本的なことを町や委員のみなさんがご存知ないはずはないと思うが、委員会でもこの点についての議論がかみ合わないまま終わってしまった。
採決に入る前に、各委員が意見を述べることになっている。それに先立って、この点についての見解をぜひお示しいただきたいと私の方から注文までつけたのであったが、どうやら無駄だったようだ。

   もういちど整理すると、町がやろうとしていることは、内容的にはこれはすでに環境影響評価=アセスであって、それをきちんとしたル−ルにもとづいて行うかどうか、その判断が問われたわけです。町が言うように<自然や動植物と共生をすべく配慮をする>ためには、環境影響評価=アセスが必要なんですから。また、そのために昆虫の生態系調査や動植物の調査を行い、専門家の意見を聞くわけですから、これは、内容的にはすでにアセスをやっているわけです。

   アセスといってもそんな特別のことではなく、町がやろうとしていることをそのまま整理して、ル−ル化すればいいわけです。難しいことなんてひとつもありません。ただ、そのプロセスをオ−プンにするか、しないか、それが問われたわけです。何も環境影響評価法がどうしたということではなかったのです。きちんと情報を公開するか、しないか、基本的にはそれだけのことなんです。しかし、それができない。いや、しなくていいというのは、これは一体どう理解したらいいのか?

C尾山耕地は農業振興地域の農用地区域であり、農業生産基盤の整備を推進する必要があるというが、これがどうして不採択の理由のひとつになるのか理解がしがたい。

この農振地域ということについては、この陳情に関してはちょっと本筋の議論から離れるが、いくつか論点がある。

   まず、農振地域だから、農業生産基盤の整備を推進する必要があるというのは当然のごとく思われるが、しかし、新しい農協基本法における農地は、単なる食糧生産の場としてだけでなく、国土の保全や自然環境の保全という視点から見直しがされているということ。だから、農業生産基盤の整備のみをいい、自然環境の保全を言わないのは片手落ちであること。

   それと、この農業振興に関しては誰も指摘をしないが、重大な誤解がある。あたかも、町道幣山下平線が開通すればこの地域の農業振興に大きく寄与するというようなことがまことしやかに言われているが、実は、そんなことはまったくなく、町道が地面より1.5mも高いところを通るため、トラクタ−やコンバインなどの農耕用車両はこの道路から水田に入ることができないのだ。そんなことをしようとすれば、道路からまっ逆さまに落っこちてしまう。そのため、町道とは別に幅2.5mの農道を町道幣山下平線と並行してつくることになっているのだ。だから農業振興を言うのであれば、必要な農道のみ整備すればいいのであって、町道幣山下平線は邪魔物以外の何物でもない。

   しかも、みんなが実態を知らないのをいい事に、町長までが、町道幣山下平線は農業振興に大きく寄与するなんてことを、平気で吹聴している。しかも、こともあろうに、それを堂々と議会で宣伝するに及んでは、呆れて物も言えない。こうなると知らないということは<罪>ですらある。

   この農業振興地域をめぐっては、もうひとつ重大な問題がある。それは、将来この地域に道路が整備された場合どうなるか、建前論じゃなくて現実論としてどうなるか、その可能性を考えてみる。本当に農業が振興されると考える人は、建前論からはなれようとしないお役人しかいない。

まず、大型機械が入るように田んぼが整備されていない。いずれも、1反(300坪)にも満たない小さな田んぼだ。しかも、後継者の問題がある。私の知り合いも子どもが引き継いでやってくれない以上、自分の代で終わりだと話していた。つまり、将来の展望、見通しは全くないということ。現状でも休耕田が多いのはそれなりの理由があるのであり、いくら行政が<農業振興地域>であると言っても、できないものはできないのだ。

   その証拠に、立派な道路が通った愛川聖苑の先の厚木市の棚沢地区の田んぼ(農振地域)では、農業を振興すべき田んぼにあちこち残土が山のように積まれている。つい先日も公共残土の不法投棄でどこかの業者が現状復帰を命じられた事件が報道されたばかりである。

立派な道路が通れば通ったで、土地の所有者としては、農業振興に限らず有効な<土地利用>を考えるのが自然の成り行きであって、金にならない農業よりも資材置き場にした方が金になると思えば、当然そちらの方を選ぶと思う。

   そして、いつしか優良農地は荒廃地となり、やがては農業振興地域の指定も解除されて、どこでも見られるような雑然とした美しくない光景が現れてくる。
   そして、まず、真っ先に狙われるのが人里離れたところを好む< 産業廃棄物業者>である。将来、町道幣山下平線の開通によって、この地域は埼玉県の所沢市のように産廃銀座になる可能性だってある。30数億円もの貴重な町民の税金を投じてつくった道路の最大の受益者が< 産廃業者>だったなんて、笑えない冗談だ。

D6月議会で町道幣山下平線事業推進を求める陳情を採択しており、早期整備が望まれていることが最後にあげられているが、しかし、早期整備の条件として<自然環境への配慮>がうたわれていたはずであり、<自然環境への配慮>について何も触れないまま、町道幣山下平線の早期整備だけを言うのは片手落ちである。

   ましてや、本陳情は、6月議会での町道幣山下平線事業推進を求める陳情の採択をふまえて出されたものであり、町がどこまで環境のことを考えているのか、<自然環境への配慮>の明確化を求めたものである。
   ことばで<自然環境への配慮>を言うのは容易い。しかし、現実的にそれをどう保障するのか、今回の陳情の審査では、町も議会もそのことが問われたのであった。

   しかし、町も議会も<自然環境への配慮>を言いつつ、実は、道路建設を優先することを再度確認した結果となった。考えてみれば、<自然環境への配慮>をしつつ、早期に道路を建設することなどできるはずもないこと。ほんとうに<自然環境への配慮>をするためには、そのための十分な時間が必要であり、基本的に早期の建設とは矛盾してしまう。ということは、結局、<自然環境への配慮>は付け足しであり、じっくり時間をかけて環境への影響評価だなんてことをしていたら、まず早期に建設することなどできやしない。
   というわけで、落ち着くところに落ち着いたということだが、何とも後味の悪い陳情の審査であった。